乳牛飼養管理・技術情報 技術アドバイザー

テーマ3 乳牛の分娩前後をスムーズに移行(10回)

【1回目】出産は命がけで大きなストレスだ

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産草食動物の出産は命がけだ

 生まれた子牛は肉食獣の攻撃対象になりやすく、草食獣にとって生き延びるための特徴がある。肉食動物の子は小さく生み、数が多く、お産が軽く、強い親が護ってくれる。草食動物の子は大きく生み、数が少なく、お産が重く、親は弱いため子を護れない。
 自然界で生まれた子牛は生後、数分以内に頭を上げて15分以内に何回か転びながら立ち上がろうと試み1時間以内に起立する。おっぱいの匂いを頼りに懸命に探し、2時間以内にミルクを飲む。
 外敵が多く、危険を察知したら逃げるが、母牛だけでなく子牛も必死についていかなければならず、生まれた時点で体が大きく骨格が形成されている。産道を通るとき、人は形状に合わせて変形してでてくるが、牛はすべての骨が癒合しており産道が緩み踏ん張る必要がある。
 しかも、手肢は発達した状態で分娩を迎えなければならず、頭からでてくるため難産のリスクが高くなる(写真)。

 このことを考えると、草食動物である乳牛にとって、出産は命がけの仕事ということが理解できる。ちなみに、人は産まれてからハイハイ、立つのに一年ほどかかるので、野生の世界では生き延びることは不可能なのだろう。


分娩前後は大きなストレスだ

 乳牛は家畜化され、乳量が最大になるよう計画的な授精、分娩、泌乳が人為的に繰り返された。子牛の必要な乳量は1,000㎏あれば十分と考えれば、急速な品種改良が行われてきた。これは生き物として大きな負担が強いられ職業病ともいえるさまざまな疾病に陥る。
 同じ牛でも黒毛和牛は分娩しても、乳熱、ケトーシス、第四胃変位、乳房炎・・・などの周産期病に罹ることはない。乳牛のなかでもホルスタインは分娩後に莫大な乳を出し、分娩前後は管理と飼料が急激に変り、大きなストレスで体調を落とす。

 免疫システムは分娩前後1週間に抑制され、好中球はバクテリアを殺す能力が低下してくる。反芻機能や消化管活動が鈍くなり、採食量が落ちてエネルギー不足に陥る。それが乳房炎を含めてあらゆる疾病に絡んでおり、高泌乳量牛ほどリスクがある。乳房炎は一乳期を均等に発症するのではなく、分娩後、集中的に起きている。経過日数別に急性乳房炎の発症を確認したが、640頭中10日以内が26%、30日以内が39%占めている(図)。

 乳生産を最大にする、良質乳を生産する、元気な子牛を育てる、受胎を良くする・・・など、全ての出発点は母牛の健康である。現場の酪農家の疾病状況をみても、増えることはあっても減ることはなく、分娩事故やその後の周産期病でやむなく廃用である。子牛の死産や介助、難産や双子は母体へのダメージが大きく、分娩前後は大きなストレスだ。


牛の死に対する認識が低い

 「牛も人も出産という行為は命がけの仕事だ」という言葉のとおり、分娩後体調を崩す母牛が多く死に至るケースもある(写真)。


乳量が増減した、四変(疾病)が発症した、乳質(体細胞)が悪く(高く)なった、・・・など、農業者間で話題になる。しかし、子牛が死んだ、母牛が死んだ・・・という話を聞くことはなく、情報交換の対象にもならない。

 なぜだろうか、決して良いことではなく我が家の恥との心理が働き、牛が死んでいることは表に出てこない。乳房炎や繁殖は獣医師や授精師が頻繁に訪れ、長期間にわたり酪農家の心理的負担がかかる。しかし、死んだ子牛や母牛は牛舎内でみると一時的なショックはあるものの、レンダリング会社がトラックで運べば頭から離れる。
 また、酪農家は我が家の死んだ牛がどのくらいか、隣と比較して多いのか、毎年これくらいか、麻痺状態になっている。指導者も実態を十分に把握分析しておらず、双方に認識は低かったというのが本音であろう。
 一方、経産牛に対する周産期病発症割合は、飼養頭数と弱いマイナス、個体乳量と相関はない。周産期病や関連疾病に共通することは、①酪農家間で差が大きいこと、②毎年同傾向であること、③飼養頭数や個体乳量に関係が低い、3点である。

 このことから、分娩後の疾病は牛自体の問題ではなく、酪農家個々の管理によるところが大きい。牛の死に対する認識を高くして、人が積極的に関与して、分娩前後をスムーズに移行する根本的な解決法を見出すべきであろう。


 

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